◆◆◆ 1559 ★ やることのリスト  ◆◆◆

2010.7.8. 更新

○ポスターのイラストの書き直し、デザイン案作成

○Tシャツデザインの最終調整と入稿       終了

○佐那と龍馬展 プチテラスチラシ作成     終了

○免許更新

○健康診断

○鈴木進次さんポストカード作成

○雑誌広告記事作成   

○雑誌アンケート返信   終了

○雑誌掲載記事作成(別雑誌) 終了

○エッセイ執筆+イラスト

○カバーイラスト

○コンペ作品のピックアップとデータ化

○雑務

○コスプレイベントの、自分用の服(ロビン)作製

○大型看板絵作成

というように、忙しい。

明日まで、コンペの審査があるので、二階開放はその後ということになる。

ドリルの刃も買ってこなくちゃな。

はぁ。

机の上は仕事が山積みで、それはそれで、驚かされる。

ここのところ、仕事がまた、戻ってきている。

それはそれでありがたいのだが、あまり幸せでもない。

ピーや、ケンちゃんを連れて、アトリエで毎日絵を描いていた時代が昔のように思えてきて、なんか悔しい。

デザインの仕事というのは、やってもやっても、幸せということもないし、やりたいということでもない。

ただ、来れば、絵の具代、、、、、というか、酒代というか、生活のため、断ることはできない。

ついでに、絵をかくため、原画が増えるっていう点はいいかもなあ。そうでもないと、絵も描かなくなってしまう。

というように、人生ははかなく切ない。

テレビ番組を見る。

抱一の日本画。

もう、解説付きで何度も見た、あの絵である。

光琳の風神・雷神の裏に描かれたというその絵は、

メンテナンスの関係で、別な屏風に仕立てられた。

そのときに、凹凸の面が逆になってしまったが、

あるべき位置で見たときの、あの迫力というのには驚いた。

日本画の中に潜む、命の源。

生命力、自然美、静やかなる中の情念。

まあ、そういうことになる。

アタシの、評論も、なかなかボキャブラリーが増えてきた。

眼が肥えて困るよ。

眼が肥えてきて、一番嫌なのは、自分の絵の力の無さに、愕然とすることだろう。

はぁ。

画廊主としては喜ばしい。

審美眼というものは、誰もが持てるものではない。

日本の場合、

どの人も、文字情報から作品を鑑賞する習慣がある。

絵だけを見て、ちゃんと絵の良さを引き出せるのか。ここが審美眼の優劣になる。

ほとんどの人は、絵など見ていない。

海外の美術館から貸し出された、名画にだけ群がる、あの鑑賞の仕方も、全くついていない。

所詮、アート好きといいながら、ミーハーなだけなのだ。

まあいい。

見ないよりは良い。

同じ絵を見て、同じ美術番組を見て、どうして、こんなに力に差ができてしまうのかということにも驚いている。

審美眼というのは、情報の質と量というのもあるけど、良いものを見出し、世に出す力のことを言う。

全く持って、画廊主としては、不可欠な能力だと思わされる。

そうして、そういう能力が、ここ3年ぐらいで磨かれたのだと思えば、画廊業も悪くなかった。

しかも、たまにしか作らない作品も、画力があがっている。

また、素描の習作を作りたい。

おじゃら画廊

Established 1998 Rica's Bar WEB SITE & Since 2003 Atelier Ojara.
Copyright (C) All Rights Reserved by Rica Ojara.