◆◆◆ 1462 ★ 人形師 飯泉雄司さんの新作  ◆◆◆

2009.12.12 更新

夏のイラストのコンペで最優秀賞を獲得された飯泉雄司さんが、新作ができたというので、画廊にもってくる。(2月に開かれる展覧会の下打ち合わせにいらっしゃった。)

1つは、小さい人形で、手足が動かせる構造。

ハニワの馬は、昨日拾った品だが、なぜかピッタリなので笑った。

小さな瓶に卵の殻を乗せたのはアタシの作品。

もともと、道路などで行進したり、城の中に入ったりする卵たちをムービーにする予定。

母は、ギャラリーに来ると、いつもこの作品を捨てようとし、アタシは、一生懸命に、捨てられるのを阻止するという戦いが繰り広げられるという作品である。

飯泉さんは、どちらかというと男しか作らない。

オジャラ「男の人形は売れないと思うけどなあ」

と一応は伝えることにする。男の人形といえば、雛人形のお内裏さまぐらいしか思い浮かばないもんね。笑。

そのあとに、創作とは何かという話になる。

別に、ムリをして、女の人形を作れという話をしたのではない。

オジャラ「芸術作品になるかどうかというのはね、その、作家の創作意思に、筋が通っているかどおかだと、最近は思うことが多いですね。

平面というのにも、表現というのにも、様々な方法があるわけですからね、どういう表現をしても、それはかまわないんです。」

後から作品を見返したときに、筋が通っていて、作家の強い意志が感じられる。

そういう人に限って、テレビで紹介されていると思うことは多い。

作品(出来上がった人形)が男なのか、女なのかという話など、小さい話ということになる。

生涯を通して、創作に意志が感じられるのか、筋が通っているのか。そういう切り口から作品を鑑賞すると、ああ、イイ仕事しています。という人は実は、沢山存在するということになる。

手足が動かせるという話なので、小さいムービーを作ろうという話になる。

本来であれば、背景をもう少し作りこみ、カメラを三脚で固定して撮影すると言うのが正しい。

が、まあ、テーブルの上で、手持ちでパチパチと撮影をスタート。

それから、殿方しか作れないのなら、片岡球子センセイの大首絵のように、有名武将や浮世絵画家の肖像なんかを、シリーズで人形に仕立てたらどうだという話になる。

大首絵のパクリと言われてもいいじゃない。同じ作品になるということは有り得ないのだし、男の人しか作れないというのであれば、それはそれで仕方が無い。

そういう筋であったとしても、買いたいと思う作品、もしくは、人が見たいと思うような作品を作らなければ、どのみち、金は稼げないのである。

逆に、美術館とか、そういった武将がいる、地元の資料館などは、臨場感のある人形を展示作品として欲しがるかもしれないし。

ある程度、数がまとまると、見応えもあるよ。

などという話で大盛り上がり。

夢というのは、膨らませるのはカンタンである。

この作品は、飯泉さんの自画像。

というか、多少年を取りすぎている自画像である。

未来像なのだそうだ。

フツー、自分が年とったあとの自画像って描くかしら?

布の柄も、インクジェットプリンタでてぬぐいの柄をプリントしてあり、手のこんだ品である。

二階の畳三畳分のスペースに、ドーンと展示しちゃおうという話。

楽しみだなあ。

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