◆◆◆ 1413 ★ マルゲリータ王女に会いに行く ◆◆◆

2009.9.28 更新

26日に、新制作のチケットをもらったので、国立新美術館に足を運ぶ。

げげっ。2時で終わりってなんだよ。

最終日だから、終わるのが早いのだそうだ。

北郷センセイ、拝見できずにスミマセン。

新制作は、レベルが高いので、毎年楽しみにしているのに、残念だった。

チケットを下さった置鮎さんの作品も見たかったのに。悔やんでも、見ることができるということとは違う。

しかたがないので、ハプスブルグ家展を見る。

展覧会が、まだ始まったばかりなので、ゆっくりと見ることができた。

混むことが決まっている展覧会は、会期早々に行くべきだよね。うん。

テレビで見たことがある、有名な肖像画が何枚も掛けられていて、今回の展覧会は、物凄い混むって予感。

ルーベンスや、ファン・アイクの絵も数点ある。

グレコが一枚。

グレコは、やはり、超お金持ちのコレクターアイテムなんだ。

そんなに大きくない絵であり、上手いとも思わないけど、グレコの絵には間違いが無く、持つことは、ステータスってことなんだろう。

ファンアイクの、スーキーな人物描写というのにも毎度驚かされる。

スリーパー(眠る名画を発掘する画商)が、有名肖像画家の何人かに絞って、発掘をしているという話を思い出した。

確かに、あんなに上手い絵というのは、そんなには存在しない。だから、駄作の中からでも、見つけ出して、修復をし、あるべき場所に戻すことができるのである。

アタシは、ルーベンスが好きかなあ。

ベラスケスの肖像画は、皇室関係の肖像画に限っていえば、構図が単調で、(モデルを立たせて描いているので)それは仕方ないんだけど、面白みに欠ける。

逆に、集団肖像画のように、数人を配置した作品の瞬間表現の極まり方を見れば、天才なんだということを再確認できるのだ。

アタシは、マルゲリータ王女の前に陣取って、長いこと眺めていた。(空いてたの)

彼女に会うのは、21年振り。

ああ、年がバレてしまう。

正確には、あの絵ではなくて、もっと大きい、有名な絵だったように思う。王女の絵は同じっぽいんだけど。(女官たち)

あの頃は、まだ大学生だったということを思うと、そのことに驚くよね。

スペインまで行き、名画だとか、ベラスケスだとかも全く知らなかったのに、彼女に会っている。

正確には、彼女の顔をキュビズムに展開したスケッチを何枚か作ってきた。(初回からキュビズムに展開っていうのがすごいよね。笑。)

まだ、絵を始める前だったのにね。笑。

アタシの作品が美術品になったら、そのボロイスケッチも高値になるかしら。と、内心思いながら、捨ててしまったような気もして、人生というのは、そんなもんだと思わされる。

日本の美術館というのは、せせこましくていけないよね。

プラド美術館は、一枚の絵に、一つのお部屋みたいな扱いで、その前で、何人もの画家の卵が模写をしていたりもする。

お部屋には、次々と団体や、美術学習の子供たちが入ってきて、スペイン語で捲くし立てるガイドの説明を聞いては、次の部屋に流れていった。

アタシは、ガイドに、ジャマだからドケとどかされて、彼らが去れば、また真ん中に出て、スケッチをした。

思い出すよなあ。

そのあと、少しショップを冷やかして、二階の

光 松本陽子/野口里佳展に流れる。

野口さんの写真作品は、ビミョーにピンボケ写真にしか見えなかったけど、それは、仕方が無い。

松本さんの絵は、まあ、スゲーという域ではあるけど、ウチに作品を出してくださる、菊間さんだって、あれぐらい作れると思ったりもした。

菊間さんは、重度の身体障害を持たれていて、いつも車椅子である。

パパが絵の具のセットなどをしてくれて、カンバスの上に、いきなり、絵の具を垂らして、菊間雅人さんは、手でそれを混ぜるのだという。

最近は、ペンキも混ぜるので、絵の具がなかなか落ちないのが大変なのだという。

足立の画家・作家展は、2階は、菊間さんの展覧会になっています。あんなに作れるというのも才能だし、作品が、安定してきて、すごく良くなっていると感じて、それがうれしかった。

雅人さんは、アタシが挨拶すると、ニコリと笑ってくれて、ああ、アタシのことは覚えてくれたんだと思った。

パパも、最近は、イロイロなことが解るようになってきたと話していたので、症状がよくなっているんだと思った。

彼には絵があって幸せだ。

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