◆◆◆ 1348 ★ 人が訪ねてくる ◆◆◆

銅板作田富幸センセイのサイトはこちら / 小口木版を教えてくださっていた長島 充センセイのサイトはこちら。

2009.6.18 更新

福岡の男共は、右の裸婦のコラージュのことを良く覚えていて、あれはどうなったのかなどと聞いてくる。

そうして、アタシに、

「人のよく描けた絵を、どーんと貼り付けた作品が、自分の作品だなどというほど、アタシも、おこがましくはないのよ」

と答えると、

「ああ、プライドがあるのか」

という答えなので、

「プライドではなくて、自分の作品は、自分の作品として発表しているけど、これは、たまたま使った絵のできがヨカッタから、よく出来ただけで、別段、アタシの作品ということでもない」

とまた、説明をしなければならなかった。

そういえぱ、この前も、「夜は、店を開かないのか」と、近所の人に聞かれたんだよね。

オジャラ「酔っ払いが入ってきちゃいますからね」

近所「酔っ払いに売っちゃえばいいじゃない。」

オジヤラ「いやぁ、酔っ払いにムリに売ったりする必要がないですよ」

近所「ああ、プライドがあるのね」

オジャラ「嫌、そうじゃなくて、必要の無い人にムリに絵を売っても、絵が可哀想ですよね。アタシの絵が欲しいという人の手に渡るのが、絵の幸せですからね。

酔ってた時に売りつけて、その人に、一生、酔った勢いで買ってあげたと言われるのは、絵がかわいそうですよ。」

という会話をしたのを思い出した。

プライドではない。

絵の将来のことを考えているだけである。

福岡の人達も、アタシの素描などを開いてみている。

そうして、この絵はいいとか、そういう話になっても、アタシは、コトリとも売る話をしなかった。

というか、「ああ、その絵は、ネットのカレンダーで、無料でダウンロードできますよ。」と言ったんだと思う。

福岡「どうして、もっと、積極的に売ったりしないんですか?」

オジャラ「あななたちは、もう、何時間もウチの画廊にいるけど、別に買う気配もないし、ムリに、売る必要もないからねぇ。

絵を買う人というのは、はじめから買う気で入って来るからさ、別に、売りつける必要もないんだよね。

買わない人って、絵は一生買わないもんなんだよ。そんな人に売ろうとしたって、買うはずもないしさ。タダだったら、一年楽しんでくれるじゃない。絵っていうのは、もっと気軽なもんだとアタシは思ってるんだよね。」

という会話。

欲がないんだろうか。

販売にはテクニックがある。もっと売る気になれば、売れるのかもなあ。とか思いながら、やっぱり、どんなギャラリーに行ったとしても、販売の声かけをされることはないから、アタシも、やらいなでおこうと思っているだけだ。

そういえば、常連さんが、「この前、銅版画を買ったんだよ」

という報告に来る。

ど、銅版画ををををを?

私が、磁器専と呼んでいる、あの御仁である。

オジャラ「どっ、どこで買ったの?」

磁器専「美術館の入り口で版画などを販売しているお店で」

オジャラ「いっ、いくら?」

磁器専「〇〇万ぐらい」

オジャラ「だからさ、変なところで買っちゃダメって言ったでしょ。第一、銅版画のホンモノかどうか、見分けられるの?だから、この前きたときに、有名画廊のバーゲンがあるからって、誘ってあげたじゃない」

という会話。

まあいい。

アタシの金ではないし、奥様も気に入ったということだし。絵というのは、ご縁のものだから、一旦ご縁があったのだから、大切にしてあげてほしい。

おじゃら画廊

Established 1998 Rica's Bar WEB SITE & Since 2003 Atelier Ojara.
Copyright (C) All Rights Reserved by Rica Ojara.