◆◆◆ 1190 ★ 「ばらの助」ちゃん-2 ◆◆◆
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2008.7.28.更新 |
彼は、水彩絵の具と、部屋に帰れば、アクリル絵の具で作品を作っているのだという。 オジャラ「アクリル絵の具って、まだ新しい絵の具だからさ、アタシは、品質について、信用していないんだよね。 油絵の具であれば、500年ぐらいの耐久性はあるからね。」 バラちゃん「キミは、500年先のことを考えてどうするんだい? オジャラ「アタシは、画家志望だからさ、自分の絵が、たった一枚でもいいから、500年先も大切にされているような、そういう絵を残したいという気持ちで、作品を作っているのよ」 バラちゃん「そんなこと、考えたこともなかった」 オジャラ「別に、ただ、絵を描くだけなのであれば、画家を目指す必要がないでしょう。耐久性を軽んじては、作品を残すことなどできないのよね」 嫌まあ、500年先の話より、明日どうするのかという話を考えるべきなのかもしれない。 水曜も働きに出ようか、真剣に考える。 |
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そういえば、今日は、きょうとて、別なオヤジが紛れ込んでくる。 どうやら、裏の道に売りに出ていた至近の物件を、買おうかどうか迷っている風で、近所で情報収集をしたいというムードだった。 彼は、アタシに出会えたのはラッキーだったと思う。 アタシは、不動産の知識がシッカリしているし、この辺りのことにも詳しいからである。 オヤジ「僕は、細かいことが物凄く気になってしまって、近所の人とうまく行くのか心配で。みんな、いい人なんだろうか?} オジャラ「こういう狭い場所で土地を買うというのであれば、だいぶイロイロな難もあるし、将来に渡ってもでてくると思うよ。 という会話。 たった1センチの話で、60年ももめたりする地域柄なのだ。 それに耐えるのか、自分が譲るのか、ずっと戦うのかのどれかの選択肢ということになる。 |
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彼は、アタシの別な知人が訪ねてきたというのに、全く帰る気配も見せず、ずっと話続けた。 きっと、誰かに、何事かを相談したいのだけれども、相談相手すら見つけることができないでいたのだと思う。 それは、ある種の、人生相談に近かったと思う。 細かいことが気になるというのは、別に、悪いことではない。 それは、個性なのだから。 そういった、細かい話を活かす職業も沢山ある。 命を削らず、自分を痛めず、有意義に生きるとは、どういうことなのか。 オヤジ「金はあるので、なんか、店でもはじめてさ、そういうことをしないと、後悔しそうでさ」 オジャラ「お商売というのはね、『ああ、このカニをね、沢山の人に食べてもらいたい。だからね、カニを扱うことにしよう』みたいな、確固たる動機付けがないと、上手く行かないものなんですよ。 今まで会社を経営されて、どうせ、(従業員がいたとしたって)一人できりもりされていたのだろうからね、お金を稼ごうと思えば、夜中まで働かなくちゃならないし、そういう性格だと、また頑張りすぎて、体壊しちゃいますよ。」 オヤジ「俺もそう思う。だけど、何かはしたい。」 オジャラ「ボランティアなんかはどうですか?」 オヤジ「・・・・」 もともと商売人なので、ノーギャラというのも納得できないのかもしれない。 二時間ほど彼と話して、アタシは、こう切り出した。 「オトーさんさ、手品を習ってみたらどうかしら?手先は器用なの?」 オヤジ「手先は器用なんだよね」 オジャラ「それじゃ手品にキマリ。学校があるから、探して、3ヶ月ぐらい、頑張って続けてみることね。やりたいこともないのに、店なんて持ったって、失敗するだけだよ」 オヤジ「うん、そうしてみる」 オジャラよ。アンタは、新宿の母か? |
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彼は、お茶をタダのみした上に、相談までのってもらったことに恐縮したのか、その後何分かして戻ってきて、ケーキを届けてくれた。 はぁ。 丁度、作家の大橋さんと、足立区の作家さん、コサチポウさんがいらっしゃっていて、二人に配分。 一体、アタシの二時間は何だったんだろう? まあいい。 絵というのは、買わない人は一生買わないし、それがどんなにお金持ちであっても、そういう人ほど、不必要なものなど、買ったりはしないのである。 というように、ギャラリーには、本当に、感情の行き所が無い人が何人も来る。 それは、今日に限らず、ウチに限ることでもなく、いまや、世の中に蔓延しているのだとも思えてくる。 |
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