◆◆◆ 1154 ★ ドローイングセッションを開催することに決める ◆◆◆
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2008.5.20.更新 |
3月に、ドローイング セッションを行った。 物凄い雨だった(もしかしたら、間違っているかも。うろ覚えっすのに、10人ぐらいの人が参加してくださり、楽しい一時になった。も イロイロと考えたが、ドローイングの会と、その後の交換会というのはいいなあと思う。 アタシは、版画の教室で、イロイロな方と作品を交換しているけど、どれもステキな思い出であり、今でもアトリエに掛けてある。 人の作品というのは、イロイロなことを教えてくれるものである。イロイロな事を学ぶというのは、カンタンではない。 ドローイングというのは、安易な創作のようだが、全ての創作の根幹である。 素描がキチっと描けないと、それ以上の絵にはならないのだが、趣味のお教室というのは、その辺、ムリにやらせると辞めてしまうので、素描ができないまま、本画をつくらせる。 だから、いつまでたっても、作品が引き締まらないのだ。 嫌まあ、趣味だからいいんだけどね。 |
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重要なところは、絵が上手くなりたいのであれば、素描の練習を休むなという部分である。 アタシも、バリ島にいたときに、ああ、素描の力を上げないと、このままでは、ヨイ銅版画にならないと打ちのめされた日があった。 版画をよくしたかったので、素描を繰り返すというのに取り組み始めたということになる。 そのあと、俳句の書写、ぶうげんびりあ、素描というふうに、電子本を出版してゆくことになる。 ギャラリーの作家さんが、「ドローイングセッション」なるものに参加したことがあり、画廊でもやってみたいという持ちかけがあった。 その日は、アタシは、陶芸教室に行ってしまったため、ビミョーに様子が解らなかったが、アタシが主催しないと、来た人が、どうすればよいのか迷うというのは理解できた。 アタシの画廊だからね。 今後は、ビシっと行くわ。 |
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アタシと、ドローイングセッションとの関わりをまとめているうちに、サラリーマン時代の話も思い出した。 あれは、よくよく考えると、ドローイング セッションだったよなあ。 気が利いていたのは、会が紙を準備するというところであった。 紙さえあれば、オフィスなので、画材を忘れても、エンピツとか、ボールペンで小品を作ることができる。 皆して、前に描いた絵を並べて、上手くなったねと、うなずいたりもした。小さいから、持ち運べるし。 個人的に、絵を描いているときに感じたのは、紙が悪いと、絵がよく見えないというところである。 紙をちゃんと選べば、絵の具はホントウに美しく広がってゆく。 ドローイングに色鉛筆であれば、失敗したコピー用紙の裏でも構わないけどねえ。もらっても嬉しくないもんなあ。現代アートなら欲しい。(→ノウミソは、混沌としている) 絵の初心者は、この辺の道具の選び方というのが解らなくて、安い紙に絵を描くので、色が思うように作れないで、絵をやめてしまうのだ。 あのときには、何の目的もなく、集まり、ただ描いていたけどなあ。昼休みだけというのが、気楽でヨカッタよ。 アタシも主婦だったし、早く帰りたかったもん。 というような話をつらつらと書き、ドローイング セッションを開く覚悟のようなものはできた。 画廊を続けるかどうかの覚悟に比べれば、容易い。 |
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2008.5.23. 昨日は、夕方になり、時々ギャラリーにきてくださるUさん、ひまわり薬局に研修に来ている、薬学生のメガネくん、前から私のHPご愛読というT梨さんが訪ねてくる。 そんでもって、アタシのドローイング セッションの看板の隙間に置かれた麦茶を飲みながら、絵の話で盛り上がる。 メガネ君は、初めてウチの画廊に来たらしく、HPすら見たことがないので、ご愛読者二人に挟まれ、キツネにつままれたような気分になっていた。 アタシが、看板の絵の女の子が手に持っている四角いものに、「スケ」と書いたまま、他の場所を描き進めたため、T梨さんは、 「この、スケの後に、何が続くのか気になります」 という質問をする。 オジャラ「ああ、スケ番デカだったらスゴイよね」 個人的には、スケ番デカと書けばヨカッタと内心悔やみながら、「スケッチブック」と書き込んであげた。 彼は、心のわだかまりが一つ解けて、幸せそうだった。 長いこと、道に掛けられる看板なので、スケ番デカと書くわけには行かないもんなあ。 残念だわぁ。 |
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