◆◆◆ 1105 ★ ら・おじゃら の準備 ◆◆◆

銅板画作田富幸センセイのサイトはこちら/
今、文房堂のアートスクールで小口木版を教えてくださっている長島 充センセイの応援サイトができました。

2008.3.18.更新

いよいよ、図録を創刊することに決める。

バイト先の教材が、アマゾンで販売をスタートした。

当然に、そのアタリの仕組みに詳しくなり、この程度で、アマゾン販売が実現するのであれば、ゼッタイにやってみようという世界。

やるべきことは、JANコードを取得し、バーコードシールを印刷、書籍パッケージに貼り付ける。

手数料は、販売価格の4割。

制作費+JANコードの取得費用、アマゾンへの登録料などを含めると、10万円ぐらい稼がなければならないことになる。

ということで、誰か、アタシの絵を買ってください。

春は、イロイロと出費が重なる季節である。

であるからして、その他にも、金を稼がなければならない。

仕事を増やすかなあ。

よくよく考えれば、昔はよく働いていた。

それと比較すれば、今は、ギャラリーに行き、留守番をしながら、金にならない絵を描くという毎日である。

少し働きに出ようかなあ。

今現金化できる才能があるとすれば、WEBサイトの効率化の助言とか、グラフィックデザインやイラストレーションの仕事なんだと思う。

グラフィックデザインの会社に勤めると、仕事が夜中までというのが当たり前だからなあ。

長いこと楽してしまったので、もう、そんなに働けないよ。笑。

絵は、よくなってきているとは思うのだけれど、千住では到底売れるとは思えない激しさが備わってきた。

商品というのは、適正な場所で販売されなければならないというのは理解できている。

左の絵も、こうやって見ると悪くない。

今度、郵便局に飾らせてもらおう。

この前、ロートレック展に行った時に、ロートレックが表紙を描いた雑誌というのが展示されていた。

中身は、文字だけの、戯曲のようなものが描かれている、個人的な雑誌のようだった。せいぜい4枚とか、6枚をヒモで綴じたような、ショボイ雑誌である。

作品の説明には、『ロートレックが表紙を描いた雑誌で、全部で6冊出版された』などと書いてあった。

ああ、こんな、ショボイ内容の個人的な、(自称)雑誌であっても、100年先には、美術館に展示されるのかとアタシは、衝撃を受けた。

新聞などよりも、本という形にすることによって、より捨てる人が少なくなる。

デュシャンも、『泉』を発表するのに、自らが発行する雑誌『The Blind Man』に、作品の評論を書いたと記録に残っている。

自らが発行する雑誌。

それに、『泉』(便器)が、アンデパンダンテンに、出品を拒否されたという抗議文と、何故、この作品に価値があるのかという評論を書き、それは、現在に至るまで、現代アートの研究者に読まれたということになる。

泉が出展されたのは1917年。約90年も前の話である。

その頃の雑誌が、読まれた=捨てられずに残されている

ということに他ならない。

よくよく考えれば、昔は頑張って絵を売っていたよなあ。

この前、グーグルの広告タグをつけるので、昔の油彩のページを開いたのだが、SOLDマークが大量についていた。

単価が安いので、儲かっていたということでもないけど、絵の具代とアトリエ運営の足しにはなっていた。

絵が昔より悪くなっているとは思わないんだけどね。笑。

ま、仕方ないわ。

複数枚お求めの方には、おまけもつけちゃいます。

絵が売れないと、アトリエ中が絵だらけで、邪魔で仕方ないもん。

おじゃら画廊

Established 1998 Rica's Bar WEB SITE & Since 2003 Atelier Ojara.
Copyright (C) All Rights Reserved by Rica Ojara.