◆◆◆ 1095 ★ 小さな絵の具箱を引っ張り出す ◆◆◆

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2008.2.10.更新

それでも、利行の番組を見て、アタシも、もっと絵を描かなくちゃいかんなと思わされた。

画家なのであれば、絵をかかねばならない。

茶人など、優先順位は低いのだ。

大切なことは、自分の作品をもっと良くすることだけである。

アトリエに行った時に、北斎の図録や、借りている北斎漫画をギャラリーに運んで来る。

小さい、油彩の絵の具箱も持ち帰る。

この絵の具箱は、A4ぐらいの大きさの、桜の木で作られたお高い品である。

サムホールのボードを二枚入れることが出来、パレット、小さい絵の具のセット、筆、オイルなんかを収納することができる優れもの。

小さい花の絵などは、この絵の具箱で、どんどんと作れるのである。

カンバスでないというのを除けば、まあ悪くない。

大切なのは、描くことである。

陶芸のオブジェなんかを作っていると、やはり、それなりの時間はかかっている。

工房に行けば、金もかかる。

そういう意味では、アトリエに粘土を持ち帰って作るのが一番いいのである。

それでは工房が赤字になってしまうので、適度に通いながら、自分でも作るってことかなあ。

外での創作はあんまり向いてないんだよね。(陶芸のオブジェ作りは、たぶん、外になると思う。)

立体の神様は突然降りてきて、そこから抜け出すことはできないのだ。

でもまあ、やはり、油彩に戻るんだと思う。

肖像画が描きたいの。

イロイロ作っているけど、結局、描くのは人間なんだと思えてくる。

肖像画というのは、全号の、『被写体がなくても、作品が作れなくてはダメだ』という話の対極にある。

対極結構。話が支離滅裂ということではない。

作家は、自分の創作方向や、芸術性について、個が考えを持ち、そこに向かって進めばよい。

印象派の画家達は、結局は、自分の方向性を優先し、他に迎合しなかったから、決裂しただけで、それは、創作者であるならば当然の選択なのだ。

見逃してはいけないことは、印象派の画家のどの絵も、パっと見ただけで、誰の絵か見分けの付くような、オリジナリティーを備えている。

画家としての最低条件である。

日本に帰国してすぐの絵だけどね。

下手くそだけど力強かったよね。笑。

2008/01/22のニュース。

片岡球子さん死去

片岡さんは一九〇五年札幌市生れ。女子美術専門学校(現・女子美術大学)卒。

二六年に横浜市大岡尋常高等小学校教諭になる。教師をつづけながら創作を継続。吉村忠夫、中島清之に師事したのち四六年、安田靫彦(ゆきひこ)の門下となる。

というのが経歴のようです。

ああ。

アタシの絵を、センセイに見てもらう日はもう来ないのだと思うと、気絶しそうになる。

院展かぁ。いつになったら出せるんだろうね。笑。

日本画家になる日はまだ来ない。

そうして、一昨年だったかなあ、彼女の展覧会を葉山まで見に行った日のことは忘れない。

いい展覧会だった。

もう、あのような壮大なスケールの展覧会は開かれることはないだろう。

そうして、画業とは何かを教えて下さった彼女の作品に敬意を表し、心よりのご冥福をお祈りしたいと思う。

球子センセイ、アタシも、頑張って大きい絵も作ることにします。諦めずに、そして、自由に。

そうして、久しぶりに彼女の図録でも眺めて過ごそうと思う。

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