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2007.10.4

しゃぼんだま あおいそらも、いよいよ千話の大台に乗る。

千話というのは、やっぱスゴイよなあ。

いくら、アタシが、シャベラーだとしたって、(読んでいるアナタも)よっぽどヒマなのに違いない。

アトリエのスタートが2003.5.15日だったからね。

もう、4年と半年ぐらい経っている計算になる。

4年半で、まさか、画廊のオーナーになるとは、予想していなかった。

人生というのは波乱に満ちている。

今日は、昼から客人が来た。

絵を描く人なのだが、物凄い猥褻な話ばかりをする男で、「アナタとお手合わせしてみないと、アナタのことや、作品のことは理解できない」

とか、

「美というのは、女体そのものだと思う。美はエロスだ。」

とか、当然に、文字には出来ない、もっとヒワイな話も延々と続ける男で不愉快だった。

アタシは、画廊業というのは、そんな人の話をずっと聞かなくてはならないのかと、嫌な気持ちでイッパイになり、

「物凄く不愉快で、もう話したくない」

と告げたが、彼はまだ話続けた。

画廊を閉める日は近い。

別段、その間中、アタシは絵を描き続けていたので、ラジオと思えばいいのかもしれないが、それ以外でも、ホントウに気持ち悪い男だった。

嫌まあ、アタシのご友人にも、エロエロ系は多いけどね、別に、アタシも、エロエロ版画のコレクターだし、話そのものが不愉快極まりないとか、キライってことじゃないんだけどね。

根本的な、表現技術の問題だと思う。

あの人は、飲み屋に行っても、定食屋に行っても、画廊に行っても、どこに行っても、女と見れば、そういう話を撒き散らしているのだと思う。

だから、女に嫌われるという悪循環。

もっと話術を磨いたら、きっと、盛り上がれるのになあ。好かれる人と、嫌われる人というのは、ホントウに、ちょっとの表現の差なんだよね。

オジャラ「あれですよねえ、若いお嬢さんだったりしたら、警察に通報されちゃいますよ」

と一応、忠告しておいた。

彼が画廊を借りたいと申し出てきても、断ることにしよう。

悪意を持って、そういう話をし続ける男に対し、店はガマンする必要がない。

あれだよなあ、飲み屋などであれば、皆さん、高い金を払ってくれるワケだけどさ、別に、絵を買うわけでもなし、ゲンダイアートは、全く理解できないし、話は全く噛合わない。

今度から、そういう筋の話のお客様で嫌な思いをしたら、警察に通報しよう。

迷惑防止条例バンザイ。

ま、こういうことは、あるとは思ってはいたけどね。

店を持つというのは、あらゆるお客様に応対をしなければならないという、覚悟をすることなのである。

(嫌まあ、アトリエであっても、そういう人は来るの。自分は美術家だと名乗っているワケだからね。飲み屋よりは、数が少ないってだけなのよ。男性で裸婦を描く人は、全員エロエロだし。)

そう考えると、画廊業というのは大変だよなあ。

彼なんか、絵の理解は、ほとんど出来ていないという会話の中身だったけど、自分が理解できない絵をボロクソに罵倒して、画廊という画廊を歩き回っていると豪語していたもんなあ。

画家だから、他人の作品を買うわけでもないしね。

でも、ヒマだから、画廊には行くわけよ。

そういう、お客さんの筋っていうのも、地域によるのかなあ。

嫌まあ、個人的な話だよね。

しかも、どこにいても女と見れば、悪意を持って、猥褻な話をし続けてきたんだと思う。

(まあ、ホントウに好きなんだと思うけどさ。)

そういえば、前にも、他の展覧会で留守番していたときに、「一緒にお食事でもどうですか?」

と、しつこく付きまとわれたことがあった。

何度もキッパリ断っているのに、粘る男で困った。

嫌まあ、アタシが勤めていた会社も、社員もお客さんにも、そういう類の人が何人もいたからさぁ、別に見ても驚かないが、ハッキリ言って、話をしている時間がムダだよなあ。(注:今日は、ずっと絵を描いてましたので、ムダな時間ではありませんでしたが。)

そうして、今日、最も重要な話を書きそびれていた。

今日は、朝から、若いお嬢さんがモデルをやってくれると言って、画廊を訪ねてくれた。

彼女は、パントマイムの学校に通っていて、何でも、やっと、上のクラスにあがることが出来て、少し、パフォーマンスをする場が広がるのだそうだ。

(プロダクション登録みたいなのをしたんだと思う)

彼女は、ピエロ服に着替えてくれて、化粧をしながら、イロイロな話をする。

カレンダーのイラストに使いたいので、横長を12枚ぐらいは描きたいんだよね。

でもまあ、ビミョーに利用の許可が下りるかどうかわからないんだけどね。

アタシの絵だし、たいして似ているということでもないので、まあ、問題は起きないとは思うけど、今日はそういう理由で、公開はしないでおく。

今日は本画3枚と本画の下絵というのが1枚完成。

クロッキーはたぶん15-6枚は描いたと思う。

ご協力ありがとうございました。

オジャラよ、ピエロの絵を描くのに夢中で、セクハラ男の話など、たいして聞いちゃいなかったじゃないかよ。

たはは。そういえばそうだった。

没頭しちゃうからね。

でもまあ、他の人が留守番することもあるしね、断らなければならないお客様もいるのだということは理解できた。

そうして、セクハラの話の合間には、自分の芸術論を押し付けてきて、どこまでも、会話の成り立たない男であった。

画廊業をはじめて、自分の価値を正しいと主張し、ガンとして他の意見を聞き入れない人が、結構いるということは、理解ができてきた。そういう人の絵は、(たぶん、ほとんどが)売れないはずなんだよね。

絵の力とは別な場所にある。

売り絵を描けと言っているのではない。

あんなに初歩的な創作哲学の理解で止まったまま、何十年も絵を描いていて、全く、成長しなかったのだと思うと、そのことにも驚かされた。(例えば、抽象画は全く認めないとか、ゲンダイアートは、机上の空論だとか)

しかも、水彩画をボランティアで教えているのだそうだ。

驚くよなあ。

アタシが、絵を描いていたら、紙の大きさに対して、筆が細すぎるとか、(絵の具が不足していて、思うような色になってないけど、ホントはもっとキレイに描けるんですよ。などと、アタシが今日の作品に対するいいわけに対しては)、そんなことではダメだ、絵の具や道具をちゃんと準備しなさい。などと指導までされてしまう。

普段使わない(余り絵の具の)色だけで描く作品というのは、それはそれで、新しい世界が出て来やすいので、アタシは、結構楽しんでいるのである。

人の話を聞き入れない上に、猥褻な話を撒き散らすから、誰も話相手になってはくれないんだよね。納得。

良い知人に恵まれて、広い視野で学ぶことができたのであれば、もっと、自由な絵になっていくはずだからである。

追記、太い筆を使って絵を描けという話は、モットモだと感じて、すぐに文具店に買いにいった。笑。

アタシは、どんな人からの助言であっても、納得できれば、すぐに行動に移す性質なのだ。

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