◆◆◆ 953 ★ ドローイング-2 ◆◆◆

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2007.7.15

この絵は、昔描いた薔薇の絵の上に加筆。

できが悪かった絵で、ネットにUPもしていない作品である。笑。

良い紙だったので、加筆しても、それなりに仕上がってくれてうれしい。

何よりも、この方法だと、良い紙にまた絵が描けるので、それが有難い。

雑誌の表紙のイラストは、自宅で描かれることが多く、最近では、絵の裏とか、もらった紙とか、イロイロなモノに描かれている。

もっといい紙に描くべきだったと、いつもガッカリするだが、紙が無い。

この作品は、切り絵にドローイングを追加。

手が込んでくると、面白さも増してくる。

売れるとは思えないというのが、イマイチ辛いよね。

作品が沢山ありすぎるからだよなあ。

他の作品と並んだときに、この絵は、落ちてしまうのである。

まあいいか。

良い絵と悪い絵がゴチャッとあるから、良い絵が選ばれるわけだもんね。

商品の販売とか、陳列というのは奥深い。

この作品も、2005年に作った切り絵に加筆。

全体が引き締まり、動きや、面白さがでてくる。

絵の中に文字を書いたりするのは、ニキっドサンファルの展覧会を見に行ったからだと思う。

でもまあ、作品そのものは、全く違うものになっている。

昔はヤマモトヨーコの、版に文字が入っているというのに心が惹かれたけどなあ。

ヤマモトヨーコも、ニキの影響を受けたに違いないとか思うと、なんだ、パクリかよ。という世界。

人の作品に影響を受けない作家などいない。

嫌まあ、ヤマモトヨーコとニキの作品は、全く違う品であり、ヤマモトヨーコは、彼女の独自の世界を築き上げていると思う。

それは、ホントウにすごいことだし、レコードジャケットや、本の表紙で彼女の絵を見間違えた事はない。

左の作品は、アタシのだって、解らないと思う。

まだまだである。

この絵は、まあ、アタシの絵っていうのは、解る人には解ると思う。

でもまあ、大竹伸朗さんが言うように、「自分の絵というものが出てくると、つまらなくなり、それを辞めて、また新しい作品を模索してゆく」

という絵の方向性は、芸術家としてはアリだと思う。

作家として、どちらの道を行くのか。

岐路があるということになる。

一旦手に入れた、自分の作風を育てるのか、捨てるのか。

まあ、「自分の画風を捨てる」という選択肢が増えただけ、芸術に関する情報の質は向上したって話には間違いがない。

何年か後に、どうなっているのかは自然に解る事であり、別段、今、どちらに進むのかを決めなければならないということではない。

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