◆◆◆ 491 ★ ライブペインティングの話 ◆◆◆

2005.9.6

折角会場にスペースもあることだし、誰もやる人がいないと、結構な時間を使えるので、絵手紙講師の合間に、ライブペインティングもやってみたいという申し出をする。

60号1枚位なら、2日で十分に描けると思う。

まあ、予備にもう一枚持っていって、時間が余ったらそっちにも描こうと思う。

画業というのは、アーティストそのものが商品なのである。

もちろん作品も大切であるが、作品の認知を上げる活動をした人だけが世に出るということだ。

外のブースは、隅の場所に移動してもらい、お客様名簿を取るのと、いくつかの作品展示ということに限定し、販売はしないことにする。(展示できる作品は大量にあるし、油彩は、雨でも展示を継続できるのである。)

12月に行われる個展に来てもらえば、アタシの場合それで十分なのである。

あとりえは、解りにくい場所にあるので、とりあえず、関心のある方に地図を配れれば、今回のイベントの目標は達成している。

もし、これで人が来なければ、もうあとりえでの個展をやるはやめようと思う。

準備をしたりしている時間に、もっと絵を描いたほうが自分の力がつくからである。

外まで行列という展覧会にならなくても、好きな方が足を運んでくれる展覧会になれば良いのである。

今のところ、怖くて誰も来れないという、お化け屋敷状態だからねぇ。

ウチのオットと、芸大と、商店街のタイアップについて話す。

オットの常識だと、「芸大と商店街のタイアップは何があっても認められない」のだそうだ。

理由は、「国が全力を注ぎ、金も出し、日本の最先端の人材を育てようというために存在する機関なので、一般の人の為に存在するものではない。」からだそうだ。

学校は、生徒を世界的一流のアーティストに育てるために、全力を尽くさなければいけないし、生徒も全力で、世界的アーティストのための精進をしなければならない。

だから、地元の人と、ワイワイやっている場合ではない。

ということのようだ。

まあ、一理ある。

他の大学なんかとは、違うと言いたかったみたいである。

ゲーダイだからねぇ。

アタシ的には、学校の体育館とか広場、音響施設なんかの一部が開放され、地元アーティストによる演奏を、地元の人が楽しめるような空間が作れるようになればいいと思っただけなのだが、オット曰く、

そういうのは、環境が整ってから、自発的に起こる場合があるかもしれないが、まだ来てもいない芸大の話をしても、仕方が無い。

という見解だった。

正しいぜ。

館長が変われば、変わる場合だってあると思う。

頭にチン餅の、芸大教授であれば、そんな小さい話で、地元の人を嫌な気持ちにさせたりはしないと思う。

でもまあ、ほんちょう小学校でも、小さいライブは十分にできるわけだから、芸大でなくとも構わない。

そういう、公共の場所が、もっと、地元の人に開かれれば、どこであってもアタシには同じことである。

アナタがどう考えているのかは知らないが、アタシは、芸術活動というのには、「自分の作品を作り発表する」というのの他に、もっとアートに親しんでもらったり、見る人が増えるような活動も含まれていると思う。

ピカソやミロだって、地元への自分の作品の展示ということに力を注いでいたと聞く。

オカモトタロウも、アートは、もっと、人に近い場所にあるべきだという理由で、路上や、建物の壁画などにも精力的に取り組んだのだそうだ。

どの仕事も、(作品が物凄く大きいので)不当に高い値段を吹っかけたということは無いと思う。

理由は、作品を沢山作れるタイプの芸術家だからである。

沢山お金がある人からは頂くし、予算が限られていれば、その範囲でやる。

それが商売というものだと思う。