◆◆◆ 454 ★ 青木繁の番組 ◆◆◆

2005.8.7

青木繁の番組を見る。

なんでも、洋画で、一番初めに文化勲章を取った人なんだそうだ。

おおっ。あの絵は、ヨシトミさんが、「青木繁大賞」で入選したときに見た絵だぜ。

一番笑えたのが、絵の学校に通っていたときに、「自分が描いた方がもっと上手く描ける」と言って、人の絵を勝手に書き直してしまうらしい。汗。そんで、後でモメるらしい。たはは。

その後、一回賞を取るのだが、困窮を極め、その賞を取った作品を売ろうと考える。

当時としては高額の200円だったらしいんだけど、(1907年ごろだと思う)

彼は、自分の絵はそんなに安くないと言い張り、貧乏が続いたらしい。

買うほうと自分の作品の価値にズレがあったということのようだ。

200円って、今の値段でいくら位なんだろうなあ。

どっちにしたって、その後精神を破綻しつつ絵を描いたり、女と結婚したりして、28歳で他界したのだそうだ。

壮絶。

現実を受け入れられない人は、概ね、精神を破綻しがちである。あそこで200円で絵を売っていたら、彼の人生は変わっていたかもしれない。

それは、現実を受け入れるということでもあり、今後の自分の作品とも、きちんと向き合える能力がついてゆくということでもあるからである。

何でも、次の作品でも賞を取ろうと思っていたら、賞のうちでも末席だったのが不満で、美術雑誌に抗議文を掲載したため、画壇から追放されてしまったのだそうだ。

そういう、精神的未熟さも、作品の一部ということである。画壇の審査というのは人間が行うのであって、画壇への貢献度というのは、賞に反映されるということなのよ。

センセイの推薦がないと賞に入選できないというのは、そういう意味。どんなに画壇に貢献しても、絵がダメであれば、賞を取ることもないんだけどね。

逆に、会を追い込むような行動をすれば破門。

解りやすい世界である。

いーとか悪いとかいう話ではない。

まあ、描いている方は、概ね自分の作品のレベルというのは解っている場合が多いんだけど、中にはとんでもない勘違いをしている人もいないわけでもない。

その辺が奥深いよね。

やっぱり、結果でしか評価されない世界なのだから、どんどんと描くべきだと思う。

絵を描いたりしない人は、絵のレベルがどのくらいなのかという判断がつかない訳よ。

絵を一枚も見ない人に『趣味の人』扱いされれば、それも精神を追い詰めてゆくという感じだよねー。

世の人も、インターネットの人と同じくらい無責任だということが解ってくる。

近所の人に期待をするのはよそう。

そんな話で精神を追い詰められるのであれば、それは、画家としての適正に欠けている。

必要なのは、どんなに否定されても、信念を貫いて作品を作る精神力である。(←ローリーを見てさ、そう思ったワケよ。)

その後、クリムトの番組を見る。

クリムトかぁ。

ゴールドの作品が印象的。

あんなに絵が上手かったら、誰だって画家だと思うだろう。

まあ、そういうことなんだと思わされた。

オジャラよ。自分の勘違いをなんとかしろ。

そういうことだ。

イラストレーター協会から、交流会のお知らせというのがあり、作品ファィルを持って来いなどと書いてあるので、久しぶりに、作品ファイルでも更新しようと考える。

げげっ。2003年7月作成って書いてある。

たはは。2年以上前ぢゃん。

みたいな世界。

売り込みというのは、思いの他難しく、アタシの方にもたいしたやる気がなかったということになる。

イラストレーター協会では、イラストを登録するバンクなる先の紹介もしてくれる。

ここに作品を登録して、売れればいくらとか頂けるのだそうだ。

まあ、そういうことなんだろう。

もしくは、「こんなタッチの絵をお願い」

とか言われるらしいのよ。

ふむふむ。

まず、登録用の作品を作れということのようだ。

たはは。

無いのかい?

というように前途は多難である。

ようするに、当ても無い作品を作ってバンクに登録しておけ。みたいな話らしいのだ。

まあ、そういうのがないと、向こうも頼みようが無いもんねえ。

絵は、イッパイあるんだけどね。

それほどの絵かという話でね。

何かやろうと思うと、勉強になるもんだね。

今日は、新しい墨「良寛」でドローイング。

うへっ。

黒を引きずるではないか。

これでは100円ショップの墨汁と同じだぜ。

あーっ、返品したいっ。

(お高かったの)