しゃぼんだま あおいそら
(ブログ by 芸術家 おじゃら りんご)

◆ 5454★ “キャンセルカルチャー”-2 ◆

2021.8.1.

元の記事

小山田氏辞任問題で考える「現在の価値観で過去を断罪する」是非 -2

**********

これまでじゅうぶんな権利を保障されてこなかった多くのマイノリティが救われたのですから、この運動が総体としては社会の厚生(幸福度)を引き上げたことは間違いありません。リベラル化は、疑いものなく「よいこと」です。

 ところがその一方で、「絶対的な正義」の基準を決めたことで、過去の記録を徹底的に調べ、正義に反した言動をした者を批判する運動が起きることになりました。インターネットに保存されたデータが永久に検索されつづける「デジタルタトゥー」や、SNSによって怒りや共感が瞬時に共有されるテクノロジーが、こうした運動を過激化させることになります。

 英語圏ではこうした活動家(アクティビスト)は、「ソーシャル・ジャスティス・ウォリアーsocial justice warrior」と呼ばれ、SJWと略されます。キャンセルカルチャー、ポリコレ、SJWは世界を覆うリベラル化の大潮流を背景とした共通の現象で、日本にもいよいよその波が押し寄せてきたということだと思います。

************

──小山田氏は「いじめ」発言、小林氏は「ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)」を揶揄する表現が問題視された。「表現の自由」にも限界があるのでしょうか?

橘:「いじめ」と「ホロコースト」では意味合いが異なります。いじめには、子ども同士のわるふざけや「いじり」から犯罪と見なされるものまでグラデーションがありますが、ホロコーストの正当化や歴史の改ざん、揶揄・嘲笑はどれほどささいなものであっても許されません。日本人は欧米におけるユダヤ人差別の歴史についてよく理解できず、グローバルなルールに抵触してしまった事例でしょう。

「表現の自由」との関係はさまざまな論点があって一概にはいえないのですが、「差別を容認したり助長したりする表現の自由はない」というのがリベラルな社会の共通ルールになってきているのは間違いありません。小山田氏が「辞任」で小林氏が「解任」なのも、このちがいを反映しているのだと思います。

************

 法学では「現在の基準を過去に遡って適用することはできない」とされますが、「人権」についてはこの原則は適用されません。その当時の法律に反していない行為が免責されるなら、新大陸の住民を虐殺し、アフリカから拉致した奴隷に強制労働させ、武力によって植民地を拡大・支配したことも、すべてとはいいませんが、ほとんどは「合法」になってしまうでしょう。奴隷制や植民地主義を不正だとするには、「現在の価値観で過去を断罪する」しかありません。

 とはいえ、これをすべての歴史にあてはめると収拾がつかなくなる。どこで線引きすればいいのか、正直誰にもわからない。これは、「解決できる問題はすでに解決されている」という話です。逆にいえば、いまになっても解決できていない問題は、きわめて解決が困難か、原理的に解決が不可能な理由があるのです。

──つまり、線引きがあいまいなまま、今後も「キャンセルカルチャー」が続いていく?

橘:そうなりますね。今回の件でひとついえることは、過去の「愚行」がデジタル化されて記録されている場合は、いつ地雷を踏むかわからないのですから、公の仕事を辞退するのが最適な選択になることです。その結末は、今回の五輪の開幕式が象徴するように「そして誰もいなくなった」でしょう。

 世界の76億人のひとたちが「自分らしく」生きようとすれば、あちこちで利害が対立し、国や宗教、民族・部族、個人単位で異なる「正義」が衝突します。私は、これが「リベラル化の必然」だと考えています。

 世界がますますゆたかになるにもかかわらず、私たちが生きづらさを感じているのは、社会や人間関係がとてつもなく複雑になり、管理できなくなっているからです。

リベラルなひとたちは、リベラルな改革によってこの問題を解決しようとしていますが、これは論理的に矛盾していて、リベラル化による「価値観や利害の衝突」が生きづらさの原因なのですから、「改革」が進めば進むほどますます事態は悪化していきます。

 こうして私たちは、攻略がきわめて困難なゲーム「無理ゲー」の世界に放り込まれてしまったのです。

********

以下転載終了。

*******

途中省略しているので、全部読みたい人は、リンクを読んでくださいね。

********

オチが無いな。

でもまあ、内容は良く整理されていて、読めばスッキリ。(*゜▽゜*)ノ

*********

キーワードは、

世界の76億人のひとたちが「自分らしく」生きようとすれば、あちこちで利害が対立し、国や宗教、民族・部族、個人単位で異なる「正義」が衝突します。私は、これが「リベラル化の必然」だと考えています。

まあ、これがキーだよね。

折り合う日は永遠に来ないってことだからさ、そこが肝なんだよ。

「折り合わないことが解ってるんだから、モメないようにしましょう。」

そこだな。笑。

あとは、深くまで、関わらないことだよね。

人生のムダな時間だよ。

絵でも描こうという気持ちになり、アタシの心は、少し落ち着いた。

#おじゃらのブログ  #アート創作日記 #index #新作ART

#ojara #おじゃら #しゃぼんだまあおいそら 

#Art_works #kitasenju #art_diary 

1998- #Rica's_Bar WEB SITE & Since 2003-#Atelier_Ojara.

Copyright (C) 2020 All Rights Reserved by #Rica_Ojara_Manzana.

#おじゃら_りんご official website

-------