しゃぼんだま あおいそら
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◆◆◆ 4682 ★ 利休宗匠の野望 ◆◆◆
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2020.10.5. 禅の修行は、余分なモノを排除して、悟りを獲得する為に生きるという道である。 何故、「悟りのために生きるのか?」 といえば、仏になり、救いを求めている人、(救いを求めていなくても、)困った人を救う為である。 この、「悟り」に至るまでの過程に、厳しく、質素、必要最低限の品だけで、自我や欲求、煩悩を捨て去るという精神修行を行う。 それが出家した者の役割である。 出家者は、それ以外の者を救う為に修行をしているということになり、信者は、出家者(僧侶)を経済的な支援や、深い信仰を持つという事で支えるのである。 ********* 令和二年はといえば、父・母も、苦労知らずという平和ボケ世代。 これからの子供は、苦労という経験値が無い分、精神の成長が難しくなるだろうね。 アタシもそうだけどさ。 嫌まあ、辛い思いはしているよ。 結構な高給取りだったからね。 それなりの苦労はあったよ。 お金の為に、頑張ったんだよね。 不条理に耐えてさ。 ********* 現代の、飽食の時代だからこそ、食べ物を粗末にしちゃダメだとかさ、シンプルに生きようとか、自然の美しさを感じようとか、 身近な、大切にしなくちゃいけないものを、守り、継承するという生き様にならなきゃいけないんだろうと思う。 そういうメッセージが伝わる作品群になるといいけどねー。 自分の作品を見返すと、絶望的な気持ちになるわー。汗。(*´Д`) ******** 利休宗匠の野望は、結局、【禅の普及】だったんだろうと思う。笑。 アタシの個人的な意見です。念のため。 芸術家の日記なので、自由に書かせていただいています。 ******** 利休が修行したのは、 【喫茶を推奨する活動もしていた禅寺】 要するに、茶の生産も販売もしていた禅寺ということになり、元々大商家の跡継ぎであった利休の商才は、どうしたら、茶の付加価値を向上させて、更に、禅の精神(や、存続資金、お布施の源となる、禅僧の書)の布教も一気に出来る、画期的なワークショップを作り上げた。 ということになる。 |
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