しゃぼんだま あおいそら
(ブログ by 芸術家 おじゃら りんご)

◆◆◆ 4670 ★ 一行物-2 ◆◆◆

2020.10.5.

一行物というのは、掛け軸の種類。

禅語の一行を、軸にした品物をさす。

仕入れた資料には、もちろん、一行じゃないのもあった。

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重要なポイントは、【禅僧によって書かれた禅語の書】を、一行物と呼ぶことである。

アタシは、どうしたら禅僧になれるのかも調べてみたが、出家して、辛い修行を繰り返さなければならない。

などと書かれていて、現実的でないと思わされた。笑。

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なるほど。

アタシが禅語を書いても、一行物とは呼ばれないということになる。

もう、100枚近く書いちゃったけどな。笑。

(*゜▽゜*)ノ

まあ、書道は、筆運びの練習のために、創作のカリキュラムの中に取り込まれているだけで、別に、絵としてカウントされているワケじゃないからね。

山頭火や、放哉、啄木様も、ある意味、趣味の延長だから。

膨大な書の山は、センベイ缶などに押し込まれ、どこぞにひっそりと置かれている。

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画室が、常に書道の環境というのは、やっぱり、アタシの世界観なんだろうと思う。

書家ではないんだけれどもね、趣味として、書道も作る。という感じ。笑。

墨は、画材として優れているし、コストも安いのだ。

劣化も無いし、恒久性が高い。

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私は、一行物の画像を大量に見ながら、

臨書を毎日何時間もしている書家の人のことを思い出した。どの人も熱心に臨書を繰り返している。遂には、自分の筆跡さえ忘れてしまうような練習が、書家にとって、良いはずが無いんだよという内心。

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それから、アタシが書道を習っていた蕗野先生のことを思い出した。

あの、毅然とした、精神性の高い書を書く先生に教えて頂いたことは、私の人生の潤いだったと思う。

アタシは、いつまで経っても下手くそなままだけれども、先生の書のことは、忘れません。

それから、

あいだみつをさんのことを思い出す。

彼は、今の書道界のままではダメだと思い、

仏教的な思想を詩にしたためて、書で表現したということになり、その活動そのものが独創的で、他に類を見ない。

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あいだ みつを美術館(みつをの書)は、私の心のよりどころでもある。

   

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