◆◆◆ 2252 ★ 臨済宗 南禅寺 創建鎌倉時代 1291年 ◆◆◆
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敷地内にお寺が十二個点在。 重要文化財の山門が迎えてくれる。入母屋造、本瓦葺(いりもやづくり ほんがわらぶき) 三門、法堂、方丈という建物が続く。京都五山。 室町時代、足利義光により、五山の上という格付けとなる。 「この本山ほど、有為転変の地獄を見た寺はないかもしれぬ」水上勉 「京都古寺逍遥」より ■どんな地獄を見たというのか。 亀山法皇 自らも厳しい修行にはげむ 建長元年5月27日(1249年7月9日) - 嘉元3年9月15日(1305年10月4日) 皇位継承の争いに心を痛め、南禅寺の離宮で出家。 ところが、その離宮によなよな妖怪がでる。困った法皇は 無関普門禅師(むかんふもんぜんじ)に相談。 特別な(行き過ぎた読経など)ことをすることなく、規則正しい生活、座禅、写経に精を出すように 指示。法皇の心は穏やかになり、その後妖怪の姿を見ることはなくなった。 ■三門の柱 逆蓮(ぎゃくれん) 蓮の花を逆さにした造形 手すりの造形の彫刻、握り蓮 (にぎりばす)蓮の葉を握った形
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五山の上となった室町時代。 禅僧1000にん以上在籍の。 応仁の乱により南禅寺全焼。 それから160年三門再建は徳川時代。 禅宗様式は、鎌倉時代に中国から渡ってきた様式。 鎌倉時代の禅宗様式を確実に今に伝えていることが素晴らしい。 とりわけ、禅宗様式を示す造形は、屋根を支える垂木である。五風楼 二階の屋根には扇垂木。屋根が天空へ広がるような効果。 二階の内部にも特徴。 中央に宝冠釈迦牟尼如来(ほうかんしゃかむににょらい)両脇に十六羅漢。周囲を極彩色で飾る。 忠実に禅宗様式を守る。 二階の柱には極彩色で彩られたさまざまなモチーフが描かれている。 釈迦如来。両脇に八体づつ配置されている十六羅漢 天井には鳳凰や飛天。 応仁の乱以前の建築様式で再建される。 江戸の世でも、禅宗寺院の最高峰として君臨した。 |
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お寺のあだ名 ○大徳寺 一休さんで有名 「茶面」 天下の茶人、千利休の墓がある。 ○建仁時 京都五山 有名インテリ僧が大量。 「学問面」 ○南禅寺 「武家面」 以心崇伝(いしんすうでん ) 武家に生まれるも、足利家滅亡のあおりで六歳で南禅寺に入門 出家し、最年少で住持となり、 南禅寺復興に尽力する。藤堂高虎の金銭的支援で、165年ぶりに、三門が復興される。 崇伝(黒衣の宰相)は、徳川家康の側近・ブレーンでもあり、武家諸法度や、禁中並公家諸法度などのアイディアも 崇伝の素案と言われている。 崇伝がもっともこだわった建物が南禅寺の奥にある。 「方丈」崇伝が京都御所から移築させた国宝。(もともとは御所だったものを崇伝が拝領) 桃山から江戸時代にかけての、狩野派一族の襖絵(黄金の障壁画)が並ぶ。 宮廷建築が、五山の上を行く、南禅寺の格を高めると考えた。
探幽、水飲みの虎 常に、永徳や探幽の絵を持つということで、寺院の格式を世間にPR。 全ては、「五山の上」という超一流。を崇伝が意図して集めた。 崇伝の野望。 三門⇒法堂⇒方丈 小堀遠州 江戸時代 の造園家。。。。。。茶人。 正面の塀を低くして、細長く狭い庭を広く見せている。 欄間 ボタンの柄の裏は獅子が彫られている。
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金地院(南禅寺の至近にある) 崇伝の寺 重要文化財の方丈 長谷川等伯のサルの絵 輪郭を取らない手法。 猿が取ろうとしているものは、水に写った月。 むやみやたらに、高いモノに手をだしてはいけないという禅の教え。 ○金地院の方丈には、二条城の大広間(将軍が座る部屋)に似た「上段の間」がある。 ○禅宗のお寺に上段の間は有り得ない。 二条城の大広間の場合、末は、常磐木と言われ、四季を通して変わらないので、これを背景に将軍が座る。 将軍の力が隅々にまで永遠に力がわたるようにという意味で、作られている。 金地院の上段の間は、恐らく、徳川家の方が、おいでになったときに、座るために作られたと考えられる。 金地院のお庭、 小堀遠州 茶室 武家のための貴人口がある。 にじり口もある。 天井も二つに分かれている。 利休時代の、茶道には、上下の関係はない。という常識を 時代に迎合し、進化させた形。 小堀遠州、手広い。将軍家の霊を弔う東照宮のデザインも。 |
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明治時代。 南禅寺 二つ目の地獄 廃仏毀釈運動。 領地も江戸時代の半分以下に減らさせる。 明治十八年に始まった、琵琶湖疎水の工事により、 南禅寺の境内の中を水道の赤レンガの建造物が横切ることになった。 水路閣 明治二十一年。 水不足のため、京都に配水。 この水路のため、南禅寺の境内は分断されてしまう。 琵琶湖から水を引くには、どうしてもここを通らないことはできない地系。 今となっては、南禅寺の個性になっているとご住職は話されていた。 −−−−−−−−−− 行ってみたいな―。(*°▽^*) |
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