◆◆◆ 2226 ★ 俵屋宗達 醍醐寺 三宝院 二百万坪の庭 ◆◆◆

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2015年6月3日 9:52

俵屋宗達 醍醐寺 三宝院 二百万坪の庭

三百五十年前から伝わる作品。

最も均衡の取れた豪奢  三島由紀夫

舞楽図屏風 俵屋宗達

宮中の儀式などで音楽に合わせて舞踏家たちが踊っている絵。

雅楽の楽器なども一部写る。

右上に松。

五つの演目が描かれる

採桑老 さいそうろう  不老長寿の薬を求め山谷をさまよい歩く

納蘇利 なそり  二頭の龍が戯れ、踊る 緑色の衣装

還城楽 げんじょうらく 蛇を見つけて喜ぶ 玄宗皇帝の凱旋を宿す

蘭陸王 らんりょうおう 自分の美しさを隠すために龍(ゴールド)仮面をつけて舞う。

ころばせ (昆の文字の上に山 山冠に倫の人偏を取った文字、八仙) 仙人たちが鳥の仮面をつけて輪になって踊る。

音楽と舞の緩やかなリズムが、右下から、左折の左上の松と、桜の老木が花を咲かせている に自然に動いてゆく。

だな。

日本美術の最高峰、宗達珠玉の傑作。

●宗達は、突然現れ、二十世紀の美術が追い求めたものというのに非常に近い

●宗達美術の本質に気づいてくれる人が少なかった。

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*アタシも、さすがに、絵を見て歩いている。この絵の美しさというものが理解できるように進化したことは

喜ばしい。

十年前であれば、スルーだよな。(´∀`*)

美しさを理解するというのは、一日ではムリである。

大量に名画を見続けて、やっと、美の本質というものが備わってくるということになる。

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舞楽図 作者不詳(17世紀) 多くの演目が描かれた屏風。宗達は、旧来の、その図をそのまま別な絵に仕立てている。

*宗達よ、おまえもパクリなのか。。。。。みたいな世界。

日本画は、著作権フリーでいいわね。

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踊る人たちの、配置こそが、宗達の世界。

*風神・雷神には、宗達のサインがないらしい。消去法で当時の画家たちを消し込むと、宗達しかありえないらしい。

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醍醐寺の筍料理を振舞われ、そのお礼に絵を描いたと言われている。

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宗達と光琳の鶴の絵と書のコラボ

つたの細道図屏風。

白像図。

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■宗達の絵には、だいたい、元絵がある場合がおおい。それをパクってきて、元の絵と色を変えて、再構成する。

センスそのもの。グラフィックデザイナー。

配置・色彩・視線のマジック。

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松と楽屋は、対角線で結ばれる。

その平行線に、踊る人人を配置。

衣装の色を右から見ていくと左から、白、緑、赤、群青。色彩の変化が、雅楽の変化を伝える。

踊り手の視線

彼らの眼は、互いに連絡し合い、視線を交わし合っている。

■マティスのダンスという絵

1910年 日本の絵師との不思議な共鳴。

芸術が純粋であろうとする。

装飾化、単純化、色彩で感覚に訴える。音楽の芸術性と近い絵画。音楽が鳴り響いてくる絵画。

リズムと音楽の調べ。構図と色彩のハーモニーを絵画で伝えてゆく。

マティス展との同時開催で、その類似性が話題になり、1951年当時、宗達は日本で再評価された。

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晩年であるにもかかわらず、不老長寿を目指し、薬を探し回る、その生命力。死への挑戦。

●この絵は、宗達晩年の作。装飾的であるけれども、豊かな色彩もある。楽しめる画面を徹底した。

●楽しい。宗達はジャズ。即興性や古典を崩すことを全く考えていない。難しいことは全く考えていない。

誰もが受け入れる、楽しい絵である。

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不思議な空間。金色の舞台、五つの演目。舞楽では、複数の踊りが同時に舞われることはない。

多くの演目からこの五つを選び出し、この作品を作った。

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*国立博物館かなあ。おお、醍醐寺の霊宝館か。いけないな。仕方ない。

この絵の良さが分かる日が来たということは、ある意味目出度い。

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