◆◆◆ 2029 ★ 鈴木空如 仏像壁画の模写 ◆◆◆

インターネットラジオFM北千住 ときどきゲリラ的に収録・生放送

(あとはいつでも見れますよん)

2014.7.5.

テレビ番組の消化中。

法隆寺金堂壁画の模写をしたという偉人。

しかも、同じ画第で三セット(1セット12枚あるらしい)も作ったという偉業。

その後、法隆寺が焼けるという大不祥事の結果、彼の残した模写を元に、壁画が復元されるという逆の進行方向へ向かったりもする。

法隆寺の壁画。

法隆寺の壁画。

法隆寺の壁画。

個人的には、古いという印象しかない。

朽ちた壁画には、時代や、当時の美意識などを感じることができる。

アタシがオットとよく話ているのは、当時の絢爛豪華なる、美術品の圧倒的キンピカで、信者を増やすというような、ギンギン・ギラギラこそ復刻するべきではないのか。

そういう空間こそ、体感したい。

というようなね、話をする。

古いものには、時代を重ねないと出てこない風合いというものがあるけど、それは、朽ち過ぎててしまうと、もう、鑑賞の限度を超えてしまう。

という、ボロボロを良く見かけ、心が痛む。

岡倉天心の教えどおり、芸大の、修繕のプロ達は、今の現状維持的な、一過性の修復までしかしない。

理由は、修理者の意図や、画風が入り込んではいけない。

ということからのよう。

残すべきものは残すべきだろうが、アタシは、作品が恒久的な命を持つという意味では、現代の最新技術を駆使して、強靭な表皮を付加し、その作品に永遠の命を吹き込むことこそがその使命ではないかと考える。

別段、アタシがここに書いたから、何かがどう変わるのかということもない。

100年前(天心時代)は、それでヨカッタのかもしれないし、その意見を否定することは、誰にもできない権威もあったと思う。

私は、彼の教えの大半に傾倒しているが、唯一、作品の保護、修復という一点では、もっと積極的に、当時の再現ということを行うべきだと考えている。

鈴木空如の時代、戦争がいくつも繰り返された、最悪の時代である。

その中で、日本の平安を願い、仏画の模写を続けたという部分は、ホントウに有難いことだと思う。

アタシは、模写というのは、あまりしたことがなくて、もし、するとすれば、その作品がほしいけど、低予算なので自分で描いてしまう。

というところだと思う。

古い時代の風合いをそのまま、模写するという精神性が良くわからないというのが、本音のところである。

もし、自分の絵が描ければ、自分の世界を表現するという方向に流れたはずである。

ただ、修復したり、研究したりする人は、それはそれで必要である。

適材適所という言葉があり、修復に特に向いているという性分も存在するからである。

文化というのは、イロイロな才能が集約されて、前に進むものなのだ。

番組を通して、仏様を描くという一点については、ただただ、有難く、絵の前で私は必ず手を合わすと思う。

そうして、うちの祖父が信心深い男であったことを思い出し、切なくなる。

この前、清亮寺に墓参りに行った折、座布団を持参して、本堂の正面に当たる場所(外)で、熱心に祈っている男を見た。

墓守の人に尋ねると、彼は毎日、ご本尊様の前で長い時間お祈りしているのだという。

何かを詫びているのか、願い事なのか、辛い事実を乗り越えるためなのか。

私には解らなかったが、祈るという所作そのものは、精神衛生にはヨイとガッコウで習ったので、そう信じたい。

関係ありませんが、テレビで紹介された北千住のhp更新したので、お時間あったらチラっと見てやってください。

気持ち的には、

北千住 街歩き

で検索して、アタシのHPを押してくれると嬉しいなー。

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