◆◆◆ 1978 ★ 世紀の日本画展-2 ◆◆◆
インターネットラジオFM北千住 ときどきゲリラ的に収録・生放送
(あとはいつでも見れますよん)
2014.3.30. 順序が逆になってしまったが、テレビ番組の解説を拝見。 山口晃センセイがゲストできていた。 不覚にも、この番組は二回も見てしまう。 特に、竹櫛田中先生の解説部分と、コシジフブキさんの肖像画についての、山口先生の解説が興味深かった。 竹櫛先生は、矢を射る作品を見た、岡倉天心に、「こんな矢では豚も射れない」 と酷評されたのだそう。 矢などなくても、彫刻の力を持って、矢を射る気迫を見るものに伝える。というのが彫刻だと。 なかなか、こんな風に言ってくれる人はいないよね。 田中先生は、この言葉を理解し、矢をはずしたのだという。 なるほど。矢を射る気迫、伝わってきます。 というように、岡倉天心は、能力のあるものの力を引き出す魔法を持っている。 言われた方は、その真意に気づく者と気づかない者の二方向に別れるのである。 それは、真の芸術を理解し、芸術性を高める道に進む者と、その言葉に深く傷つき、心を閉ざし、作品が良くならない道に進む者という、厳しい分かれ道である。 |
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もし、作品が同じくらい優れていても、人間の伸び代というのは、人それぞれである。 人の言葉に耳を傾けない者は、何度教えを乞う手も、結局は何も変えることはできない。 逆に、優れた絵を一枚見ただけで、自分の足りない部分に気づく画家もいる。 この、一つ一つの気づきの積み重ねが、学ぶということに他ならない。 優れた作品は、必ず私に何かを教えてくれるし、私は、まだ判らない、未知の世界、私の足りない部分を補おうという気持ちで、作品を見て歩いているということになる。 東京という場所は、世界中から、絵がやってきて、私に見せてくれるので助かる。 岡倉天心センセイは、田中先生に、こうも言う。「売るための絵を描くな」 それは、自分の好きなように作れということのよう。 買うものが喜ぶような作品、人に媚びた作品は作るなという教えである。 岡倉天心は、真の芸術哲学を広めた偉大な人だなと改めて学ばされた。 この哲学に触れ、理解できたものは芸術家になれるのである。もし触れても、意味を理解することができなければ、芸術家にはなれない。分かれ道で、違う道に進んでしまうということになる。 そうして、芸術が理解できているのかどうかは、作品を見れば一目で判ってしまうから、絵というのは恐ろしいなと思うのである。 |
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小倉遊亀センセイの描いた、越路吹雪さんの肖像。 テレビのアナウンサーが、山口先生に、この絵についてどう思うか、感想を求める。 山口先生は、「僕には良くわかりません」 という感想を述べる。 正直、アタシも、これが、コシジフブキの肖像だとは、解説を見るまで気づかなかった。 それから、片岡球子センセイの晩年の裸婦の方がステキだったという思いが、チラリと頭をかすめる。 山口先生は、このあと、このような話を続ける。 「ホットなものは、ホットのうちはいいけど、冷めるとやっかいだ。 昔のコマーシャルのギャグを今言っても、全く受けないのと同じこと。 でも、自分たちは、現代に生きているのだから、現代を描かないということはできない。 ただ、現代を描くということであっても、掘り下げれば、(時代に関係なく)人間の心をゆさぶるものになる」 (超要約です。自宅には、正確に筆記したメモ書きがありますが、要点はこんな感じだったと思います。違っていたらごめんなさい) ようするに、作品には、それは、たとえ現代を写したものであっても、普遍的な部分は必要だということなのだと私は理解した。 そして、コシジフブキの絵、全否定という内容にも聞こえた。 あはは。まあいいか。このコメントを、何度も聞き返し、正確にメモをとっている人は、この世にアタシしかいないだろう。 私は、この言葉を聞き逃すことはできなかった。 何故なら、俳句を作るときに、まったく同じ話を教えていただいたからである。 私が、俳句に、「月九」(月曜夜九時の連続ドラマの通称)とか、「オザブ」(座布団)などの用語を使ったときに指摘された。 100年後に、この俳句を読んだ人が、どんな情景なのか、理解できると思うかい? 言葉を練り直して、他の言葉に置き換えてみたらどうかという話をである。 私は、このときに、普遍性というものについて考えなければならなかった。 そうして、絵も同じなのだと、ハっとした。 そういう意味合いでは、もう、随分と前から普遍については学んでいたのである。 が、この番組で、このように、有名作品を前に、全否定的なモードのコメントで締めくくられるというのも素晴らしいと感じたのである。(台本はあったと思うけどね。) |
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世の中には、美術館であっても、良い作品と、悪い作品が混在しているのである。 それは実態としてそうなのであり、考えても仕方が無い。 日本の場合、画家が本を書いたり、雑誌に連載したりもすることで、ある程度の知名度が上がってこないと、作品そのものも有名にはならないという特徴がある。 (この話は、ホントかどうかは知らないが、)まあ、ピカソだって、7人とか9人いた、愛人の痴話話を、毎朝自宅入り口で、記者共の取材を受けていたという逸話もある。 満寿夫だって、別れてくれない妻と内縁のノロケ話の本を何冊も出していて驚く。 ぶっちゃけ、そういう話がマスコミが一番儲かるわけで、儲かる要素がない画家は、絵が優れていたって紹介もされないという世界。 生涯寄り添うおしどり夫婦などという話の何十倍も売れるのであれば、そっちに力が入るのも人情である。 私は、アートのマーケットを研究してきたけど、つくづく、メディアとの連携は必要だなと思うのだ。 山本容子さんも、雑誌や出版社と連携して、よく知名度を上げたなと関心している。 朝七時のラジオ番組で、自分の個展の番宣をしていたときには、ああ、アタシは、この人になるのはムリなんだと思ったことがあった。 そんなに早く起きれないもんな。 アタシが、何を言いたかったのかといえば、有名画家になるためには、ある程度の文才も必要だということである。 |
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