*-*-* 印象派時代の話 *-*-* 

サラリーマン時代、週間グレートアーティストという雑誌を買ってました。

一冊500円もする雑誌で、一ヶ月に2000円も注ぎ込んでいたと思うと、随分払ったなと思います。

その本は、今でも時々開かれて、画家の話なんかを読んだりしています。

印象派の画家って、それぞれが物凄い交流していた時期があったんですよね。

アタシはその雑誌を読んでは、『どんな人が画家になったのか?』という共通点を見出してゆきました。

絵が描けるというだけではない。

ここがポイントっすね。

例えば、ある程度の社交性。

当時は、貧乏画家みんなが同じカフェなどに集まって、アートに対する激論を交わした。

などという記載があります。

具体的には、誰と誰と誰がどういう話で意見を対立させたとか、そういう話です。

でも、今残っている人たちを考えると、『独自の世界を作り上げた』人しか残されていません。

よーするに、『新しい世界の確立、それに向けての探求』という目指すべき場所が、画家達の中に共有されていたということです。

結果的には散り散りです。

セザンヌは神経質で疑い深い性格だったらしくて、人を寄せ付けないで絵を描いていたらしいし、ルノアールやモディリアーニは、キュビズムを完全否定。

みたいなね。

今まで全員が貧乏だったのに、売れる人と売れない人が出てきたら、それはそれで、友情は保てないということなんですかね?

どっちにしたって、一緒に絵を描いたり、絵画論を話し合う中で、お互いの技法や、芸術に関する膨大な情報を、若い時期に共有していたという事になるんじゃないかと思います。

ここでのポイントは、「情報の共有」ということです。

ピカソのアトリエに、ルノアールの絵が掛けてあったという話を読んだことがあります。

ずっと後になって、彼の写真集の中に、ピカソのアトリエにあったルノアールの絵の写真を見る機会がありました。

ピカソでさえ、ルノアールの絵を身近に置いて、当時のことを思い出したり、優れた絵を見ては、自分の作品を描いていたということになります。

人間的な感情の行き違いとは別に、それぞれの良さを受け入れるという、大切な要素があったということです。

あまり資料には残っていませんけど、アタシ的な感覚だと、当時は、絵の具にも革新があったはずだと感じています。

それまでの絵画は、ものすごく暗い背景の中に、人物が浮かび上がるという技法を用いていましたけど、色のついた絵の具が物凄く高かったんじゃないかという気がしますね。

だから、色は一部にしか使えない。

だけど、絵の具が量産されるようになって、少なくともパリではですよ、今までよりも安価に求めることが出来るようになっていたんじゃないかと、類推しています。

もちろん、黒を一切使わないで絵を描くという、新しい試みもスタートしています。

黒を使うと、絵全体に黒が広がり、美しい色が保てないのです。

黒以外で黒を表現することによって、画面はいっそう明るく表現できるようになっていったという風に考えています。

例えば、最近だって、新しい絵の具(アクリルとか、オイルバーなど)が開発されて、店頭に並んでいます。

今までは、酸化や、混合の化学反応による変色ということも起こっていましたけど、原材料の進化により、より使いやすい絵の具が出現してきたということです。(絵の具の話は、あくまでもアタシの、類推ですよ。念のため)

でも、絵の具が進化しただけでは、世に広まったりはしないのです。

美しい絵を描く画家の技法をそれぞれが研究しあって、より色彩を洗練させていったという時間があったということです。

しかし、社交性がないと、こういう情報の共有に遅れてしまうのです。

昔ながらの方法で絵を描くと、物凄く時間がかかるんです。

当時は本なんかも高かったはずだし、どんな絵を描いたのかという、結果の写真なんかが残っていても、何色を使って、どういう順番で描かれたのかというのは、なかなか知ることができない情報だったはずです。

まあ、見れば解る人も多いですけど。(爆)

若い頃に集い、「作品のオリジナリティー」や、「最新画材の情報、色の塗り方」

などの、基本的な情報を共有できていたからこそ、短時間で絵を完成させる技法を完成させ、それぞれが独自の表現を手に入れることができたんじゃないかと、アタシは考えているんです。

アタシは、絵が我流なもんで、名画といわれる絵をよく見に行きました。

『彼らはこの色で絵が描けて、アタシが描けないのは、技法が間違っているからに他ならない』と考えたからです。

日本に出回っている本なんかを見て描くよりも、巨匠の作品を実際に見て、自分でもその色を再現するという方が、よっぽど力がつきます。

短時間で絵を完成させる能力。

巨匠には、それがありました。

なぜ短時間で絵を完成させられるのかといえば、描画を失敗しないという描画力と、色を塗る順番を間違えないというこの二点です。

どちらも、技術的な話です。

その、技術を持っていて、更に独自の絵に昇華できる能力。

これが、画家の才能ということになります。

月間グレートアーティストがアタシに教えてくれたことは、今では貴重な情報でした。

この、「絵の独自性」についての認識があったので、私は画家になろうと決意したのです。

多くの画家は、この独自性の追及に、膨大な時間を掛け、物凄く苦しんで絵を作るようになります。

それは、アートのテレビ番組なんかで、画家の生涯なんかを見ると、大体そういう話が出てきますんで、一般的な話なんでしょう。

印象派の話の他に、今のアート事情って、どーなっているんだろう。

最近は、そういう勉強もしています。

デュシャンの泉「便器」を見に行ったのが、ヨカッタっすね。

芸術というのは、創作表現だけではない。

そういう世界でした。

独自の表現というのは、平面に留まっているということとは違います。

平面からというだけでなく、創作ということからも離れた観念的な芸術活動もあるということなんです。

なかなか、現代アートの世界には入れないでいますけど、立体なんかは作り始めています。

当然の流れだと思います。

平面よりも、立体の方が圧倒的に、自分を表現できる事が解ったからです。

現代アート系の作家さんというのは、それはそれで、筋の画廊というところがあるらしくて、アタシは、そっちの情報も集めなければなりません。

洋画ではなく、現代アートになるのであれば、洋画の筋からデビューするべきではありません。

買いに来る人が全く違うからです。

とりあえず、絵を描いて、画廊で展覧会をすれば、画家である。

そういうことでもない。

ということが理解できてきたということです。

印象派の画家たちは、サロンと呼ばれる所で絵を発表していましたよね。

あれって、画壇みたいなもんなんっすかね?

よく解りませんけどね。

審査があるとか描いてあるんで、まあそうなのかもしれませんよね。

そういうところで、印象派の作品が酷評された話なんかも良く聞きますけどね。

描く側は、その作品に衝撃を受けたという人も多いんです。

絵を見るだけの人(評論家・収集家)の方が、描く人の理解よりも、新しいモノを受け入れる能力が低いって事だったんだと思います。

画家や詩人、作家などは中がヨカッタみたいですけど、評論家や、収集家は、激論には混ぜてもらえないですからね。

情報の質に差があったということに他なりません。

それでも、サロンに出品していなかった人の話など、どこにも残っていないワケですからね。どこかに何かを発表するというのも大事なのかなあと思えてきます。

どーっすかね?

その辺、未知ですけどねー。

あんまり出したこと無いっすからね。

でもまあ、これからは、あまり大きくないサイズの展覧会というのには出してみようかなという気持ちはあります。

賞取らないと、有名画廊からプロデュースしてもらえないということが解ったからです。

なるほどねえ。

画壇と画廊の関係は、そういう関係だったわけかぁ。

うーむ。

絵を描いている人が、「この絵は良い」と金紙を貼る。

それを見た絵を買いたい人は、画廊に買いに行く。

アート系の購買行動は、そういう流れということみたいっす。

別に、賞取った人の絵の全てが優れているということでもないだろうけどなあ。

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