*-*-* これからの画家って、どーなればいーの? *-*-* 

あれっすよね、出来た絵を誰かが買ってくれればいーんっすけどね。

どうして絵って、売れないの?

アナタねー、アナタの方こそ、絵の一枚でも持ってますか?

「美術館でポストカート゛位買ったことがある。」

まあ、そういうオチなわけですよ。

それって、絵じゃないんっすよね。

でもまあ、「妹が漫画家志望で、絵が上手いから、部屋に貼っている」

とかね、

「近所の人が絵手紙を描いていて、飾ってあげている」

とかね。

別に、身近に無いということでもないんですよね。

「絵を見るのは好き」みたいな人も大量だし、美術館なんて、2時間待ちなんていう企画もあるほどですからね。

こんなにアートが好きなのに、どうして誰も買わないんだろうか?

ここに戻ってくるわけです。

値段が折り合わない。

まあそういうことだと思います。

アタシにしてみれば、50も過ぎたナイスミドルの家に、絵の一枚も無いという現実が恥ずかしい。

それは、日本の文化レベルの低さの象徴だからです。

絵を持っていないことが恥ずかしいのではありません。

そういう、心の余裕が無いというのがね、ついていない国だなと思わされるのです。

スペインでホームステイしていたときには、壁という壁に絵が飾ってありました。

しかも、物凄い大きな絵だったりして驚かされました。

どういうことだか解りますか?

絵の値段も、安いということに他なりません。

良い絵が、気取らずに、安く手に入れられるということなんです。

それと比較すると、日本のアートマーケットって、物凄く高い値段がつけられてますよね。

どういうことだと思いますか?

これはね、構造的な問題なんですよ。

若いアーティストの人は、自分の絵を発表しようとしますよね。

そうすると、銀座の画廊なんかで、展覧会をしようと思うわけですよ。

若い人の作品というのは、美大であるとか、専門の学校に行ったからといって、そんなに完成度が高いということもないんです。

それは、作っている作品の数が少ないので仕方ないんです。

でありますからして、有名画廊が全面的にバックアップってこともないわけですから、自力で開くしかありません。

お友達かなんかと、場所を借りて、とりあえずグループ展を開くというのが一般的じゃないかと思います。

全部を借りるというのは、物理的に難しいっすからね。

画廊のレンタル値段って、おいくらだか知ってます?

場所にもよりますけどね、1日35000円ってとこもあれば、一週間で17万円って所もあります。

まあ、このくらいの金額の画廊は、物凄く、広いっすけどね。

でも、人が来るかどうかというのとは別な話です。

3畳位のスペースで、1週間5万円というところもあるみたいです。ボロイです。

そこで開いて、画家になれるのかという話です。

オジャラの画家のお友達には、「銀座でやっても、誰も来ない」と愚痴られます。

そうなんだろうか?

展覧会を開いたのに、絵が売れないというのは、一体どういうことなんだろうか?

次の疑問は、そこに行きます。

例えば、1週間で17万円支払うとしますよね。

そうするとね、一日当たり24000円以上ですからね。

まあ、それが、単純に、絵に上乗せされるわけですよ。

額縁だって、お高いモノなんです。

アタシは、安く仕入れてますけど、それだって、絵の原価の何倍もするんです。

画家さんによっては、「自分の作品は芸術だから、高い額に入れないと」みたいな部分もあってね、物凄くお高い額に入れて販売しているひとだって多いんじゃないかと思います。

そうすると、絵の値段以外の金額が、作品に上乗せされて販売されているってことになるわけです。

画廊は、場所代を取るのに、売れたら更に手数料を払えなどという所もあるんです。

本当です。

画廊は、展覧会が開かれれば作家からお金が入ってきますからね。

だから、生き延びることが出来る。

結局展覧会を開いたけど、誰も来てくれないとどうなるのかといえば、作家が全部その費用を負担する。

展覧会は赤字ということになります。

これでは、どんなに才能があったって、画家では生きてゆけないワケで、展覧会を開くために、他の仕事(アルバイトとか、社員になるなどして)も持たなければならないというふうになるのです。

そうすると、絵を描く時間が無くなって、イイ絵が描けなくなる。

絵が悪いから、今度の展覧会はもっと売れない。

そうすると、誰も来なくなる。

結局絵で生きることが出来なくなってしまう。

そういうことですよね。

絵を描く時間が少ないので、作品も荒れてくるんです。ホントウです。

貸し画廊が、アート界をダメにしている。

まあ、そういう風に言えなくもありません。

嫌、貸し画廊が悪いと言っているのではありませんよ。

現実をお話しているだけなのです。

世の中には、もう一つのタイプの画廊があります。

それは、絵の売買だけを中心に行っている、ホントウの画廊です。

絵を仕入れて、販売する。

画廊の商売というのは、もともと、そういう世界なんです。

絵というのは、一人の人が沢山持っているのが通例なんです。

それは、骨董であるとか、オモチャなんかもそうでしょう。

収集家という人が世に存在して、そういう人が、何百枚も買い込むワケですよ。

お金がある人なんです。

所が、寿命がきて、亡くなったりするわけです。

もしくは、将来も、良い作品を世に残すために、筋の良い別な収集家に売ったり、美術館に寄贈したりするわけです。

それが、収集家の機能です。

お金があるわけですから収集ができるし、それを財産にして、また金が集まっちゃうんです。

美術をこよなく愛し、若い方も育てたいという収集家は、亡くなる前に、大切な美術品を、価値の解る人にもってもらいたい。

もしくは、遺族が相続財産を現金化したい。

まあ、そういうニーズもあるわけなんですよね。

そうすると、絵が大量に画廊に持ち込まれたりするのです。

価値がわからない遺族などが持ち込むと、安く買い叩くと思いますけどね。

それが商売ってもんですからね。

収集家ご本人が処分しようとした場合には、それなりに引き取ってくれるでしょう。

だいぶ儲けさせていただいたワケですしね、良い品は、欲しいというひとも沢山いるということで、転売が可能なんです。

ニセではない、ホンモノの作品を、収集家は30年も、状態の良いまま持ち続けてくれて、今は高値になっている作品を、また売りに来てくれる。

そういうことになりますよね。

作家が死んでいたり、賞を取ったり、イロイロな事情で、30年前よりも、絵が希少になっていたりしますよね。

そうすると、収集家が買った値段で絵を引き取っても、現在の価格が値上がりしていれば、画廊としては、安く仕入れるのと同じという話なんです。

なるほどねー。

アートの世界というのは、奥深いですけどね。

画廊どんな作品でも買い取ってくれるってことでもないんです。

画廊が、「ウチの店で、これは売れる」

と判断された作品だけが買い取ってもらえます。

古本みたいなもんっすからね。

中古のアートなんて、二束三文です。

しかも、売買されても画家には一銭も入ってこないんです。

画家は、生きている間に、売れる絵を何枚描けるのか?

というのが目標になるということです。

そういう、買取もしてくれる画廊というのは、ホントウに売れる絵しか扱いません。

それは、絵を見る力を持っているということに他なりません。

それが、画廊の力なんです。

だから、置いてある絵を見るだけで、最近では筋の良さとか、画廊の頑張りっていうのが解ってくるようになりました。

アタシも、画廊めぐりをするようになってまだ2年くらいですけどね。

いい勉強させてもらったと思います。

そういう、老舗の画廊さんは、新人アーティストの発掘というのにも力を入れています。

理由っすか?

絵が安いからっす。

絵を安く販売できれば、収集家の人の心が動きます。

若い人を応援したいという気持ちで、絵を買ってくれるという人も沢山いるんです。

イロイロ回っていると解るんですけどね、画廊には、特徴があるんです。

洋画だとか、版画系だとか、日本画とか、骨董系。

みたいなね。

自分の絵に合った場所で展覧会を開かなければ、アナタの絵が、応援してくれそうな人に出会える可能性が無いということなんです。

するべきことは、まず良い絵を作るということをして、同時に自分が有名になれそうな筋の、良い画廊を探しておく。

そういうことになります。

それは、努力だよねー。

メディアに全く載らなくたって、収集家に愛されている画廊というのも沢山あってさ、絵の世界は奥深いワケよ。

画廊はね、新しい人も扱ってみたい。

でも、絵が悪ければ論外。そういうことになる。

アーティストの皆さん、絵が売れないのは、絵が悪いってこともあるってことっす。

自分の絵を、売れている絵とよーく比較してみましょう。

売れている絵をパクれと言っているのではありません。

独自の表現や、瞬間表現の鍛錬をして、結果に反映されているのか?

そういう絵でないと、収集家の人は買いませんし、画廊も取り扱ってはくれない。

そういうことになるわけです。

成る程ねー。

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